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ポルシェ博士

ポルシェ博士 Dr. Ferdinand Porsche

ドイツのエンジニア。(1875〜1951)

  • 語り部では、ポルシェ・ティーガーなる戦車を始め何でもかんでも電気で動かそうとした鬼才ということになっている……

経歴

  • 1875年、オーストリア・ハンガリー帝国に生まれる。
  • 18歳のときに、ウィーンの電気装置メーカー、ベラ&エッガー社に入社。ベルリン工科大学の聴講生になる。
  • 23歳のとき、馬車/自動車メーカーのオーナー、ヤコブ・ローナーの元で電気自動車の設計に携わる。
  • 30歳、オーストリアのメーカー、アウストロ・ダイムラー社の技術顧問に就任。41歳で総支配人。
    ※アウストロ・ダイムラー社:ドイツのダイムラー社とは別です。
第一次世界大戦(1914〜1918)
  • 45歳ごろ、ドイツのメーカー、ダイムラー社の技師長兼取締役となる。
  • オーストリアの自動車メーカー、ステアー社の技術部長兼重役を経て、54歳でドイツのシュトゥットガルトに「ポルシェ設計事務所」を設立。コンサルタント業務に専念。
    ※ オーストリアのステアー社:銃器メーカーと関係があるかどうかは調査中。
第二次世界大戦(1939〜1945)
  • 70歳になった1945年11月、自動車設計の依頼を受けて出向いたフランスで秘密警察に逮捕され、1947年8月に保釈されるまで2年近く服役。
  • 1951年1月、シュトゥットガルトで死去。享年76歳。

主な功績

  • 1900年のパリ万博でローナー・ポルシェを発表。ハブモーター式の前輪駆動車。同時期によくネタになるエンジンで発電してモーターを回すという方式も開発された。
  • トーションバースプリングの特許を取る。戦車テクノロジーに対する最大の貢献かも。
  • ポルシェ・ティーガーを試作。
  • 安価な4人乗り自動車のコンセプトを長らく温めていた。ナチスの国民車構想によって、ほぼ完成。第二次大戦後に発表されたフォルクスワーゲン・ビートルの元になる。
    • 1000cc程度の空冷の水平対向4気筒エンジンを車体後部に搭載して後輪を駆動する、4人乗りの小型車

資料リンク

リンク

  • フェリー・ポルシェ? ポルシェ博士の息子。ポルシェ356・ポルシェ911等のスポーツカーを設計。
  • フェルディナンド・ピエヒ? ポルシェ博士の義理の息子。アウディ社で活躍。
Last modified:2006/07/12 02:50:27
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